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THE MUSIC DAY 願いが叶う夏
上記の動画は2017年7月1日に日本テレビ系で放送された『THE MUSIC DAY 願いが叶う夏』にて、PINK SAPPHIREがデビュー曲「P. S I LOVE YOU」を演奏したシーンだ。このTV放映から6年後の2023年12月12日、ギタリストの鈴木孝子(TAKA)が乳がんにより、56歳の若さでこの世を旅立った。
PINK SAPPHIREは、日本のバンドブームが頂点に達していた1990年に「P. S I LOVE YOU」でメジャーデビュー。同曲はフジテレビ系ドラマ『キモチいい恋したい!』の主題歌にも使用されスマッシュヒットを記録し、オリコンチャート最高2位を獲得する。ガールズバンドの絶対王者、PRINCESS PRINCESSに続く、シーンのオピニオンリーダーとして、確固たる存在感を示し続けて行った。
1990年のシンデレラ・ストーリー
元々、PINK SAPPHIREは、TBS系「いかすバンド天国」に出場していたアマチュアバンドだった。バンド結成時のメインボーカルはKANAKO。ケレン味をまとったそのボーカルスタイルと80年代ヘアメタル的サウンドにより番組内で高評価を受けた。番組内で勝ち進む事はなかったが、1989年の番組初出演の後、レコード会社からスカウトを受け、メジャーデビューがめでたく決定。
1990年、レコーディングも無事終了し、間もなくデビューといったタイミングで、なんとボーカルのKANAKOが脱退してしまう。ドラマのタイアップも既に決まっていて、かなり焦ったレコード会社は急遽ボーカルオーディションをすることに。
都内の大学に通っていた塚田彩湖(AYA)は、小さい頃より歌手を夢見て複数のレコード会社や芸能事務所に自身のボーカル入りカセットを送り続けていたと言う。大学3年の5月に、一本の電話がAYAの元にかかってきた。
「デビュー直前のバンドのボーカルが辞めてしまって、新ボーカルを探しているんです。フジテレビのドラマのタイアップも決まっている。そこで貴女のボーカル音源を聴いてお電話しました」
そして、KANAKOのボーカル版の「P. S I LOVE YOU」のカセットテープを渡されて、
「明日、プロデューサーやディレクターやバンドのメンバーの前でオーディションをするので、この曲を歌ってほしい」
と言われたという。必死にその曲を覚え、翌日のオーディションにて見事合格。AYAはメジャーデビュー直前の、期待のガールズバンドのボーカルの座を射止めたのだった。
1990年の5月にバンドに加入して、7月にはドラマ『キモチいい恋したい!』が放送開始。そしてデビュー曲の「P. S I LOVE YOU」が大ヒットし。そのまま、あれよあれよという間に、人気女性ロックバンドPINK SAPPHIREのフロント・マンとして活動を続けていった。
まさしく、シンデレラストーリー。今では、芸能詐欺か何かかと疑ってしまうような電話の内容だが、バブル時代の芸能界らしい「Become a Star Overnight」を絵に書いたような、もしくは、少女漫画のサクセスストーリーのようなデビュー秘話ではないだろうか。
(詳しい加入の経緯はAYAご本人のnote記事に詳しい↓)
PINK SAPPHIREサウンドの魅力とは?
KANAKOのケレン味溢れるボーカルスタイルは、まさにアンダーグランドなロックのアトモスフィアを宿したノリとグルーヴを重視したモノ。どちらかというとローリングストーンズのようなブルース系のシンガーだったのに対して、AYAのボーカルスタイルは、強く正確な発声が特徴的。透明度の高い声質も合わさって、クラシックやゴスペル等の声楽にも精通しているように感じられ、旧来のロックシンガーとは違った魅力を兼ね備えていた。
急造的に作り上げられたバンドだったが、その不思議な化学反応が功を奏し、1990年のデビュー後、PINK SAPPHIREは順調にヒットシングルを連発し続けて行った。
PINK SAPPHIREのサウンドの特徴として、キーボードの煌びやかな音色が印象的だ(メンバーにキーボードプレイヤーは居ない)。80年代の海外のメロディック・ハード・ロックなどに精通するそのサウンドは、小室哲哉ブームでディスコサウンド一色となる前の、80年~90年前半のJ-POPシーンを彩っていた。キラキラと透明感を感じるキーボードサウンドと、若さを爆発させて、屈託なく伸びやかに歌うAYAのボーカルスタイルが相乗効果を生んだ。歌詞の内容は、どこまでも、明るく、ポジティヴ。何かに躓きそうになる人々に対して、全身全霊で応援をしていくような、力強いメッセージが共感を呼び、多くのファンを魅了していった。
レコーディングやライブ活動を重ねるにつれ、デビュー当初の《レコード会社やTV局の都合を背負った、ガールズバンド》のようなコンセプトから脱却して、サウンド面の進化や楽曲の工夫が見て取れるようになった。
1992年の3rdアルバム『Today and Tomorrow』のリード楽曲である「最後にもう一度抱きしめて」は、PINK SAPPHIREサウンドの一つの完成系と言えるだろう。フックのあるメロディや、煌びやかなキーボード、成功を追い風にボーカルスタイルに磨きをかけたAYAの自信に満ち溢れた歌声。どこを切っても世界水準のメロディック・ハード・ロックになっていた。
同じく『Today and Tomorrow』収録の「#1」でのAYAのボーカルスタイルは、より力強く自信に満ち溢れていく。このボーカルスタイルが、久宝留理子や、大黒摩季らと共に、90年代前半の女性ボーカルの潮流を作り上げていった。
土方隆行のサウンド面の功績
PINK SAPPHIREの楽曲を語る上で外せないのは、編曲を手掛けている土方隆行の存在だ。土方は70年代より活動を続けている名ギタリストかつ、名音楽プロデューサー。ハードロックや、フュージョン、プログレッシブロックなどをバックボーンに持ち、J-POPのスタジオミュージシャンとして枚挙に暇がないほど、多くのレコーディングに参加している。
ゴリゴリのロック畑アレンジャーのバックアップを受けた事で、PINK SAPPHIREのサウンドは同時期のJ-POPバンドに比べ、骨太でスケール感を宿したフィメール・メロディック・ハード・バンドに、独自の進化を遂げた。
1992年に日本青年会議所主催の「地球の応援歌」グランプリ作品となった「For the Earth」も、土方隆行のプログレッシブなプロダクションと、大きなスケールを歌いこなせるAYAのボーカルスタイルが昇華した好楽曲だった。
活動停止、そして再結成へ
1990年の鮮烈なデビューから、駆け抜けるように活動をしてきたPINK SAPPHIREだったが、1994年にAYAが結婚を機に脱退。翌1995年には活動を停止してしまう。
その功績や、サウンドクオリティの高さに比べ、たった5年間の活動でその歩みを止めてしまったPINK SAPPHIRE。玉石混交で、溢れるようにリリースされた90年代のJ-POP戦国時代において、PINK SAPPHIREの存在は、徐々に忘れ去られていった。
その後の世間一般の評価として「プリンセス・プリンセスみたいなバンドで、ピンク・サファイアって居たよね?」程度の認識になってしまったと感じられた。だが、今改めて、彼女たちの功績を振り返ってみても、残された宝石のような高水準のマテリアルは、まだまだ消費し尽くせない魅力に満ち溢れている。
ーーそんな中、2014年にPINK SAPPHIREは突如、再結成を果たした。
再結成の経緯は、ギタリストの鈴木孝子(TAKA)が2011年に乳がんを宣告された事がきっかけになっているという。TAKAに与えられた時間が残りわずかになってるのかもしれない……..
そのように感じ取ったメンバーが、もう一度、あの頃の輝きを、TAKAと共に味わいたい。
という強い思いが再結成を後押ししたのだった。
2015年に、デビュー25周年記念のライブを行い、なんら変わらぬ桃色サファイアの輝きを、多くの聴衆に見せつけた。
更に、2017年7月1日には『THE MUSIC DAY 願いが叶う夏』(日本テレビ系)に出演。1995年の活動停止から22年ぶりにTVで観るPINK SAPPHIREの変わらぬ演奏と歌声に、多くのファンが胸を熱くし、涙をした。
まさに2017年は、PINK SAPPHIREにとっても、ファンにとっても “願いが叶った夏” だったのだ。
(同年の2017年の10月14日に、PINK SAPPHIREの公式FACE BOOKページにて、在りし日のTAKAを交え『THE MUSIC DAY 願いが叶う夏』の舞台裏のトークと共に、25周年ライブのダイジェスト映像がアップされた)
https://www.facebook.com/watch/?v=2012431612117072
2023年の5月13日に、PINK SAPPHIREラストライブを行った。
ギタリストのTAKAは闘病中とは思えない見事なプレイを披露。
そして、がん宣告から12年後の、2023年の12月22日に鈴木孝子(TAKA)が永眠。
PINK SAPPHIREの輝かしい歴史に、終止符が打たれた。
鮮烈なデビュー時の数々のエピソードや、ギタリストの闘病、それを支えたメンバーの絆・・・多くのドラマを内包し、日本のガールズ・バンドでは独自の地位を確立したPINK SAPPHIRE。遺された4枚のオリジナル・アルバムや最新のベスト・アルバムも含め、Apple Music等、サブスク配信で聴ける。また最新の2024リマスター版となる『ゴールデン☆ベスト BEST FOR YOU 2024』もフィジカルCDで購入が可能だ。
ゴールデン☆ベスト BEST FOR YOU 2024
TAKAさんのご冥福を祈って
PINK SAPPHIREの音楽に触れると、力強い明日への希望と、爽快なハード・ロック・サウンドが、心を鼓舞してくれる。希代のフィメール・ロック・シンガーのAYAも、現在も精力的に活動を続けている。(Xアカウント @singingsinging )
多くのファンの中に生き続ける、PINK SAPPHIREという至宝のガールズ・ロック・バンド。
そのドラマティックなバンドストーリーは、高純度の楽曲と共に、これからも多くの人々の心に熱い火をともし続けるに違いない。
そしてこれからも、PINK SAPPHIREは、その輝きを増していくに違いない。
PINK SAPPHIREのギタリスト、鈴木孝子(TAKA)さんのご冥福を祈ってーーー。
2024年12月吉日
Queen遺伝子探究堂