2023年にザ・ビートルズ最後のシングルとしてリリースされた「Now and Then」は、ジョン・レノンが残したデモテープからAI技術を使ってボーカルのみ抜き出し、ジョージのギターを重ねポールとリンゴが多重録音をし完成させた。AIを使用したと言ってもボーカルと演奏を分離させただけなので、純粋な人工知能の作品とは言えない。そこは古参のビートルズファンも許せたラインだったと言えるだろう。
Queenに関しては2024年10月25日に『戦慄の王女(Queen1)』がコレクターズエディションの形でリリースされる。彼らのファーストアルバムを最新技術を使ってリミックスし直した作品だ。先行シングル「The Night Comes Down」のMVが先日公開され、その艶やかで瑞々しいサウンドには誰もが息をのんだ事だろう。だが、そのMV内にてAIで若きQueenメンバーが表現された事で、賛否が渦巻く結果となった。ビジュアライズにおけるAI利用だったわけだが、1970年代よりヒューマニックなサウンド表現をしてきたQueenだからこそ、多くのQueenファンにとっては、AI利用に拒否反応を起こしてしまったのかもしれない。
だが、ことYouTube上に目を落とせば、幾多のAI生成の新曲Queen風ソングが溢れ返っている。これらを規制する術もなければ、ブライアン・メイやロジャー・テイラーら、Queenサイドがどのような面持ちでこれらのテクノロジーを眺めているのかは不明だ。今後もし、フレディ・マーキュリーのAIを使ったQueenの新曲が、公式にレコーディングされるような事が起これば、より多くの議論や拒否反応を生む事は、想像に難くない。
しかし、テクノロジーやAIは、我々の想像をはるかに凌ぐスピードで進化・発展をし続けている。以前では考えられなかったようなクオリティのAI作品が登場してきているというのも、一つの事実ではある。
この【Queen AI】チャンネルの音源などは、Queenのほぼすべての楽曲を学習したと思われるAIが生み出したメロディラインにオリジナルの歌詞をつけ、フレディ・マーキュリーのAI声で歌唱させたモノ。更にQueenの特徴的なハーモニーや、ブライアン・メイ風のギターオーケストレイションも付けた、高純度の疑似Queen楽曲だ。
こちらの【Queen AI】Youtubeチャンネルは「The Night Comes Down」のAI利用のMVが発表された後、堰を切ったように、AI生成のQueen風曲を量産し続けている。賛否はしっかり問われるべきだが、ついつい長年のQueenファンとしては、いけないと頭でわかりつつも、フレディの声で新曲を聴ける興味や、喜びに似た何かが、湧いてくるような気もしないでもない。
また、他のチャンネルでは「In The Lap Of The Gods」(神々の業)のパートⅢを作るという試みも行われている。「神々の業」は、アルバム『Sheer Heart Attack』に収録されたフレディ・マーキュリー作の曲で、パートⅢは作られていない。それをわざわざ、AIで作るというは故人への冒涜になってしまう可能性もある。だが、長年のファンの耳で聴くと、AI作曲のパートⅢが到底フレディ・マーキュリーの作曲能力には及んでいない事がハッキリとわかるので “AIもまだまだそのレベル” と安心するとともに、もしパートⅢをフレディが作ったとしたらどんな曲になったのだろうか?と夢想することもできる。今後のAIの進化次第では、更に高精度のQueen楽曲を生み出す可能性も否めない。
その他、多くのAI生成のQueenソングがYoutube上にはあるのだが、それらをどのように楽しむか、または遠ざけるかは、ファンひとりひとりの考え方による部分が大きい。今回「The Night Comes Down」のMVでAIが利用されたからと言って「フレディの声をAIで作ってOK」という解釈には絶対にならない。天文学の博士号を持っているブライアン・メイはテクノロジーの進化に寛容な姿勢ではあるが、かといってQueenの根本的なサウンドの部分や、フレディ・マーキュリーの歌声をAIに担わせる事を良しと考えているとは到底思えない。
ひとつだけ確実なことは、フレディ・マーキュリーは絶対に蘇らないし、フレディ・マーキュリーの歌声や、作曲能力は、二度とこの地球上には顕れないという事だ。その大きな穴は、どのようなことをしても決して埋まる事はない。AIが生み出す疑似的なQueen楽曲を聴いて、一瞬の刹那的な錯覚に浸るは個人の自由だ。しかしそこを賛美し、在りし日のフレディ・マーキュリーの歌声に耳を傾けるのを止めてしまうのは、本末転倒も甚だしい。
フレディ・マーキュリーという希代のボーカリスト、作曲家、パフォーマーを恋慕し求める思いは、多くのファンの偽らざる気持ちだろう。そこに付け込んで、偏頗で低レベルなAIサウンドをクリエイトする事は何よりの罪悪だし冒涜そのものだ。フレディの遺志「(僕の死後も)退屈させないで」に照らし合わせて考えれば(AI利用の賛否は置いといて)退屈な楽曲を生み出してしまう事こそが最もフレディの悲しむ事ではないのだろうか。
そして、AIのQueen楽曲を聴くと、やはり本物のフレディの声が聴きたくて仕方なくなってくる。残されたQueenのマテリアルを何度も聴いては、フレディ・マーキュリーやQueenのサウンドに心酔し、癒されて、明日への活力を得ていく。それが、天国のフレディ・マーキュリーへの何よりの追悼になる。
AIは、本来のQueenの楽曲の素晴らしさや、構築性の緻密さを浮き彫りにさせるパーツに過ぎない。ブライアン・メイやロジャー・テイラーらが、本格的にフレディAIに取り組んで楽曲を発表する日が、もしも来たとしたら、一抹の不安を感じながら、彼らのクリエイティブに対する姿勢を評価しつつ、めちゃくちゃ楽しみに聴いてしまう自分も必ずいる。
実際それが許されるのは、残されたQueenのメンバーだけだと思うから。
2024年9月吉日
Queen遺伝子探究堂