2024年3月6日、ロビー・ヴァレンタインが日本で12作目(※)のフル・アルバムとなる『エンブレイス・ジ・アンノウン~スペシャル・エディション』をキングレコードよりリリースした。
(※コンピレーション作やQueenカバーアルバムは含まず)
本作は、2023年10月に本国オランダでリリースされた作品に、日本独自のボーナストラックと、ピアノアレンジの2枚目ディスクが加わった特別仕様だ。オランダ盤はロビーのサイトや、日本国内で輸入盤が販売されていたり、サブスク配信もされていたので、熱心なファンは耳にしていたことだろう。
自身もこれまでのロビーの日本での活躍や彼の変遷を噛み締めながら、2023年のオランダ盤『Embrace the Unknown』に耳を傾けていた(その際のレビュー内容)。しかし、日本国内盤で歌詞カードをじっくり追いながら最新のロビー・ヴァレンタインの内省と対峙した事により、感動で胸が締め付けられ、彼の痛み、恐怖、そして希望の光が、よりリアルに伝わってきた。
収録された10曲+3曲(日本盤ボーナストラック)は、どれも純度の高いメロディアスロックとなっている。思えば、90年代初頭からロビー・ヴァレンタインの音楽性はセンチメンタリズムとロマンティシズムが柱となっていた。当時の日本国内からのロビーへの評価は、その王子様的なルックスと、クイーンサウンドの継承者的な立ち位置からが主だった。無論それらが日本国内で大きなディールを獲得した要因でもあり、その延長線上に現在のロビーのキャリアもあるのだが、今作『エンブレイス・ジ・アンノウン』において “視力のほとんどを失った” ロビー・ヴァレンタインが紡ぐサウンドは彼の本来の持ち味であるセンチメンタリズムを、結果的に究極まで研ぎ澄ます事となり、表現の幅・深さともに、過去類を見ないレベルにまで達しているのだ(カンタベリーロックの賢人、ロバート・ワイアットが不慮の事故により半身不随になって発表した1974年のアルバム『ロック・ボトム』に勝るとも劣らない名盤となっている)。
中でも特筆すべきはタイトルトラックの「エンブレイス・ジ・アンノウン」。“未知を受け入れないといけない”という内容のサウンドは美麗なサウンドと共に、暗闇の中で生きていく恐怖と希望が込められている。百聞は一見に如かず。素晴らしいMVが制作されているので是非見て頂きたい。
理由を教えてください
どうしてこんなことが私に起こっているのですか
なぜ私の世界が消えてしまったのですか
私を、手放すことはできません
いいえ、手放すことはできません
手放さなければなりません
手放して、未知のものを受け入れなければならない
・・・幼少期より、猛烈なレッスンにより獲得したピアノテクニック、そしてQueenへの溢れるリスペクトからマルチプレイヤーとなった音楽的才能。どちらかと言えばこれまでは技巧面にばかり目が行きがちだったロビー・ヴァレンタインの音楽性。しかし、タイトルトラックの「エンブレイス・ジ・アンノウン」で、“なぜこんな運命に?” という叫びがこだました時に、ロビーの悲哀が、聴き手の心にもぐっと突き刺さり、これまでにない感動を呼び起こしてくれる。
1992年のロビーの出世作「Over and Over Again」でも失恋の苦しみを美しいバラードに乗せて歌った。1998年のZinatra時代の名曲「Love Never Dies」をセルフカバーした際も、絶望し死を選択した女性の悲しみを美しいメロディで包んで魅せた。ロビー・ヴァレンタインの魅力は、脆く儚く弱い精神を、美しいメロディへと変換し作品に仕上げる事だ。
そのような、ひ弱な精神性を嫌うマッチョな風潮は90年代以前から存在しているが、2020年代の国内外のヒットメイカーを聴いていると、ロビー・ヴァレンタインのセンチメンタリズムに呼応するかのような楽曲が多く存在している。時代がロビーに追いついたと言っても過言ではない。
これまでもQueen風味やインダストリアル風にサウンドを変転させながら、チャートアクションでは苦戦を強いられてきたロビーだったが、遂に12作目にしてロビー・ヴァレンタインというアーティストの本質が発揮された。「○○のような」などという陳腐な表現は捨て去られ、技巧に頼ることもなく、ロビー・ヴァレンタインそのもののアーティストシップが余す所なく詰め込まれているのが本作『エンブレイス・ジ・アンノウン』なのだ。
他にもリードトラックの「ブレイク・チェイン」や「ロール・アップ・ユア・スリーヴス」のハードでポップなパンチライン、「マイ・フレンド(イン・ジ・エンド)」で美しいメロディで親友にあてた複雑な胸の内、「ショウ・ザ・ウェイ」の荘厳な響き、「ドント・ギブ・アップ・オンア・ミラクル」のポップなサクセスストーリーなど捨て曲なしオンパレード。中でも「テイク・ミー・トゥ・ザ・ライド」での幻想的なAメロから疾走感のあるサビへと繋がる流れは、ロビーのポップハードの才能がこれでもかと表現されている。
また、日本盤に収録された3曲のボーナストラックも本当に素晴らしい。「チェイン・ブレイク・コンチェルト」は「ブレイク・チェイン」を大仰なアンセム風にインスト化したものだが、1997年の『Valentine4 United』での「Rise And Shine」のような仕掛けを感じてしまい往年のロビーファンとしても嬉しいサウンドメイクだ。「ランニング・ディープ・ランニング・ハイ」は、スパークス風のポップハード楽曲で、ユーライアヒープのデヴィッド・バイロンを思わすビブラートを効かせたコーラスもロックマニアの心を震わせてくれる。「レディオ・ポリス」も1998年のアルバム『No Sugar Added』収録の「Captain Eagle」を想起させるシニカルなバラード曲だ。
更に特筆すべきは2枚目のピアノのみの『エンブレイス・ジ・アンノウン』だ。ロビーの卓越したピアノ独奏アレンジは、重厚に施されたレコーディングの鎧をはぎ取った、裸のままのロビーの姿が伝わってくる。歌は乗っていなくて、ピアノの音色そのものがロビー・ヴァレンタインというアーティストを表現しているとても美しく、クラシカルで、ラグジュアリーな録音となっているので、是非耳を傾けて貰いたい。
やはり、90年代からHR/HMの路線や、Queenの遺伝子としてロビー・ヴァレンタインを追っているファンは少なくないと思う(無論自身もそうだ)。しかし、もっとコンテンポラリーな音楽性や、深い内省に焦点をあててロビー・ヴァレンタインを再評価する時が来ていると感じる。
日本のファンとロビー・ヴァレンタインの絆は90年代から強固なモノである。初期のような煌びやかで大仰でプログレッシヴなロビーも我々の記憶の中では燦然と輝く魅力なのだが、近年の『The Alliance』(2018)や『Separate Worlds』(2021)で、より深い内省へと分け入っていくロビー・ヴァレンタインの真摯に音楽に向き合うイノセントな姿に、心を打たれない人はいない。
そして、2024年の本作『エンブレイス・ジ・アンノウン~スペシャル・エディション』はロビー・ヴァレンタインが苦悩の末、視力を失った絶望の果てに、屹立した独自性の扉を開いた金字塔であり、最高傑作なのだと明言しておきたい。
本年、2017年ぶりとなる7年ぶりの来日公演が実現するように、日本のファンは祈るような気持ちで待ち続けたい。
2024年3月吉日
Queen遺伝子探究堂
Varuba