先日まで、東京六本木で開催されていたジョン・レノン&オノ・ヨーコの『DOUBLE FANTASY展』が盛況の中、幕を閉じた。ビートルズのフィルターでは収まり切らないジョンとヨーコの平和への願いが、ひしひしと伝わってくる素晴らしい展示であった。
ジョン・レノンの平和思想や活動が、FBIの監視対象になっていた事や、アメリカから国外退去を命じられていた事などは、彼を深く知らないファンには驚きの内容であった。
ジョンの数あるヒット曲の中でも「GIVE PEACE A CHANCE」は、彼の平和思想の代名詞となる一曲。1960年代後半のベトナム反戦運動に始まり、多くの反戦集会で民衆の声を体現する歌となり、2021年現在も、世界中で歌い継がれている。
・・・一般的にポップソングに、政治的思想や、反戦的なメッセージは不必要とされている。
ヒット曲を欲しがるレコード会社からは、楽しさや希望といったポジティヴなメッセージ性が求められる事が多く、内省性や政権批判、いわゆる政治的なメッセージと、ポップソングの間には大きな壁が長らく(今現在も)存在している。
その垣根を、果敢に越えて来た海外のポップ・ミュージシャンは、ジョン・レノン以外にも存在する。
エルビス・コステロが1979年に放った「Oliver’s Army」(オリバーの兵隊)は、曲調はトロピカルなビーチサウンドであるが、当時北アイルランドに侵攻を続けていた英国軍の植民地支配に対して痛烈な批判の内容となっている。
フィンランドと旧ソ連は長年対立状態にあったが、1993年にフィンランドのレニングラード・カウボーイズと、旧ソ連の赤軍合唱団(Red Army Choir)が、「Happy Together」(The Turtles のカヴァー)をともに「トータル・バラライカ・ショー」で演奏した事が話題となり、両国の緊張緩和に一役買った事もあった。
1989年には、チェコスロバキア民主化、いわゆる“ビロード革命”の際に、チェコのプロテストシンガー、マルタ・クビショヴァーがカヴァーしたビートルズの「Hey Jude」が頻繁に歌われた。
民衆は「Hey Jude」を歌いながら行進を行い、民衆による民主化への無血革命を成し遂げた。
・・・直接的、間接的、様々あれど、平和を望む民衆を鼓舞し、抗議手段としてポップソングが少なからず役立ってきた歴史がある(ウッドストックなどは商業主義が絡みついた幻影にすぎなかったが)
海外においては、そのような光景が希少ながら存在するが、こと日本に限っては未だに貧弱な状況だと言わざるを得ない。やはり、政治的なメッセージが含まれているだけで、レコード会社が拒否反応を示したり、アーティスト側も尻込んでしまう場合があるからだろう。
故人となった忌野清志郎が、反原発を叫んだり、
斎藤和義が「ずっと嘘だった」と原発批判を歌ったり、
これらは、とてもエポックメイキングな事だったが、大きなムーブメントまでには広がらなかったように感じた。
日本のポップ・ミュージック界にとって、政治批判や、平和への熱いメッセージは無用の長物のようにも感じてきた2017年、WONDER-FULLという謎のバンドの「愛でしかない」という楽曲が発表された。
「All You Need Is Love」の精神を受け継いだ歌詞や「Glass Onion」風のドラムがジョン・レノンへのオマージュたっぷりだ。この曲には、英語や韓国語のバージョンも存在しており、グローバルな視点でのメッセージ性は、偏ったドメスティックな国粋主義を打破してくれる可能性を示している。
また、そのサウンドが、プロテストソングや、フォーク、パンクなどの形態ではなく、マジカルなポップサウンドにくるまれている点が、日本のポップミュージックの新たな可能性を示唆している。
音楽ナタリーでの彼らへのインタビュー記事はこちら
このような政治的なポップソングが、日本のヒットチャートに登場するには、まだまだ時間がかかるだろう。リスナーひとりひとりの、精神的な成熟が必要だし、ニヒリズムと好戦主義に毒された人間には到底理解ができないからだ。
分断や対立を煽る風潮がネット上に散乱している2021年。今は亡き、ジョン・レノンや忌野清志郎のバトンを受け取った気骨あるポップバンドが日本に居てくれた事に、ふと安堵する自分が居た。
2021年4月 Varuba