仕事上の機縁があり、佐藤亜紀さんの小説『スウィングしなけりゃ意味がない(It Don’t Mean A Thing)』を読ませて頂いた。
1940年代のドイツ、ナチス政権下――
戦争の暗黒の靴音が忍び寄る時代を背景に “敵性音楽” “ニグロ音楽” として排斥されたJAZZを愛するティーンエイジャー達。
ブルジョア階級の青年たちは、徴兵を何とか逃れながら、ヒットラーユーゲントの監視の目を掻いくぐり、JAZZクラブへと通い、スウィングを心から楽しみ青春を捧げていく。
時に情熱的に、時に退廃さを湛えながら。
恋や喧嘩、性への衝動を身にまといながら、戦争へとひた走る時代にあって、抵抗の武器がJAZZそのものだった。
主人公エディのどこか冷めた、そのくせJAZZには人一倍情熱を注ぐ語り口で、
ナチス思想に対する抵抗とユダヤ人の友人たちを犠牲にしていく戦争に対する憎しみが、たんたんと綴られていく。
JAZZを愛し、JAZZで時代と戦った若者たちの青春群像が大きなテーマ性の小説だ。
佐藤亜紀さんの緻密な取材に裏打ちさえた、博識にとにかく圧倒される。
読後感は重厚そのものだ。
JAZZの軽やかな音楽性とそれをモチーフにしたストーリー展開、青春群像劇は、どこか初期の村上春樹のような甘酸っぱさも感じられる。
そんなライトな切り口から、本書を手に取ったわけだが、読み進むにつれ、
ナチスの強烈な拷問の様子や、戦時下の悲惨な様相が描かれる事によって、
煌びやかな青春と、モノクロームな戦争とのコントラストにドキドキしてしまう。
村上春樹の『風の歌を聴け』を読んでいたつもりが、いつの間にか『シンドラーのリスト』を見ているような感覚だ。
ただ、佐藤亜紀さんの掲げたテーマ性は、戦争の悲惨さを訴えるという一辺倒りのものではない。
どこまでもJAZZという文化に対する深い造詣が、随所に現れていて、この作品の基軸になっている。
“JAZZ” VS “ナチス”
というのが、思想の対決として本作のテーマとして深い味わいを感じさせる。
史実にはナチスに抵抗したエーデルヴァイス海賊団とかスウィングボーイ(Swing-Jugend)といった集団も実在し、ナチス一色に染まった時代にも抵抗の希望はあった事が裏付けれている。
(日本にも第二次世界大戦時に軍事国家に抵抗した牧口常三郎のようなカント思想家がいたが、それを彷彿としてしまった)
そんな、一片の史実から着想を得て、創造の翼を広げ、青春群像に昇華させた佐藤亜紀の手腕は見事としか言いようがない。
..以下、本作を彩るJAZZの名曲を掻いつまんで、いくつか貼っておきたい。
■Caravan
本作のタイトルにもなっているデューク・エディントンの「キャラバン」だ。ロック畑だとベンチャーズがテケテケインストでカヴァーしてるのそちらに耳馴染みのある方が多いかもしれない
本書の冒頭、主人公エディと相棒ピアニストのマックスがこの曲を聴きながらスウィング愛を語る。
■Put it on the Ritz
第二章のタイトル「踊るリッツの夜」。どちらかというとナチス側が好むような音楽として、主人公のエディは難色を示す。
今聞くと、ラグタイム調のサウンドが、一周回って新鮮だ。
■Surabaya Johnny
クルト・ヴァイルの「スラバヤ・ジョニー」だ。主人公エディと恋人アディの甘酸っぱいシーンを彩る。
■Who’s Sorry Now?
本作の6章のタイトル「残念なのは誰?」ピアニストマックスがゲシュタポの監視の中、女の子たちを集めて歌うシーンがある。
■SING, SING, SING
今ではスウィングジャズの代名詞となっており、誰でも一度は耳にした事のあるこの曲。
当時の大スター、ベニーグッドマンの名曲だ。本作でもゲシュタポの監視を潜り抜け、当時のクラブの熱狂を伝えるシーンに使われている。
退屈なオペラを聴いて、主人公のエディが“スウィングしなきゃ意味がないよおお”と嘆くシーンの中で、この曲を挙げている。
■Blitzkrieg baby
戦時下の空襲におびえながらも、Jazzのレコードを量産する主人公たち。“爆撃しちゃだめよ”と歌われる曲と、時局が相まり、より映像的な手法で場面が描かれる。
■Ain’t We Got Fun?
物語後半の悲惨なシーンで登場するこの曲。8章のタイトルにもなっている。当時のドイツのブルジョア階級が好んで聴いた曲という事だろう。
■Alabama Song
退廃音楽の代名詞と言わんばかりのクルト・ヴァイルの「アラバマ・ソング」。本作でもより退廃なシーンで描かれている。
また、この曲はドアーズ、デヴィッド・ボウイ、オペラ座の怪人のピーター・ストレイカーなど、現代のロックシーンの退廃の伝道師たちもこぞってカヴァーしている。
■The World Is Waiting For The Sunrise
ベニー・グッドマン、デューク・エリントン、ジャンゴ・ラインハルトという、本作でも印象的に語られる、スウィングジャズ界のアメリカの大物たちに愛された一曲が
最終章のテーマになっている。この曲は、ビートルズも初期にカヴァーしている。
終戦とナチスドイツの崩壊が、現代のロック文化にも脈々と通じていると思うと感慨もひとしおだ。
本作は、映像的な音楽的な素養の詰まった作品だ。
是非、ドイツの映画監督に脚本を取って頂いて、映画版『It Don’t Mean A Thing』を制作してほしいと念願するのは、僕ひとりだけではないだろう。
最後にレディー・ガガの最新のカヴァー「It Don’t Mean A Thing」を紹介しておきます。