【私小説】1回のジャンプ中にキックとパンチを120発、撃てるようになった理由。


自身は、元来運動音痴で小さい頃から、友人と外で遊んだりする事のない、どちらかといえば根暗な少年でした。

身体も小さく、クラスのいじめっ子に泣かされて帰ってくる毎日。そんな僕に気を病んだ母親が、小学校3年生の時に、体も心も強くなるとの理由で、近所のカンフー道場に通わせてくれました。

我が家は母子家庭で、母は苦しい生活費から、道場に通うお金を捻出してくれました。
昼はスーパーでパート、夜はスナックでホステスまがいと、虚弱な僕を気遣うがゆえに、体を酷使して働いてくれました。

そんな母の為に、なんとしても強くなってやると心に誓い、通い始めた赤羽のカンフー道場。喧嘩もろくにした事のない僕でしたが、同じような境遇を持つカンフー仲間達に揉まれながら、メキメキと腕をあげて行きました。

上半身裸で棒を持った男や、火をふく小太りの男、見えないところからナタを投げてくるやつ、鎖使い、手裏剣を投げる謎の美少女など、思い出すだけで懐かしい同期の仲間たちです。
それぞれに家庭や生い立ちに複雑な事情を抱えた仲間たちでしたので、すぐに意気投合する事ができました。

棒使いの小林君は、実家が畜産業でしたが、幼い頃に伝染病にかかり家畜が全滅。両親も不仲になり離婚、小学校を卒業して単身上京しこのカンフー道場に行きついたとの事でした。唯一の財産が家畜を追いまわす時に持っていた棒で、それが彼の武器となっていました。

火を噴くコワルスキーさんは、元々はロシアのサーカスで働いていたようでした。当時ちょうど日本へ遠征しに来ていた時に団長と喧嘩をして、クビになってしまったようです。
火を噴く以外の事が何もできず、困って新宿をぶらぶらしていた時にスイス人の道場長と偶然出会い、カンフーの世界に入ったようです。普段はとても優しく人に向かって火を吐くような事は絶対しません。ファミレスに行って出てきたハンバーグの焼きが甘い時などは、絶妙な焼き加減にしてくれて本当に助かりました。

その他、鎖使いの中村君と謎の美少女京子ちゃんのエピソードは、事実は小説より奇なりと言った感動のお話しなのですが、文字数の関係でここでは割愛します。

道場に入り3年がたった頃でしょうか。道場長に「チミは、1回のジャンプ中にキックとパンチを120発、うてるちょ」と声をかけられました。

寡黙な道場長が話しかけてきてくれた事が嬉しいのもありましたが、スイス人の道場長は日本語がカタコトでしたので、基本何を言っているのか分かりませんでした。家に帰り、母が用意してくれていた、カツレツと冷たいお味噌汁で夕飯を済ませ、母の帰りを待っていた時に、道場長が言った事を反芻するように思い出しました。

“チミは、1回のジャンプ中にキックとパンチを120発、うてるちょ”

「まさか、ぼくが1回のジャンプ中にキックとパンチを120発、うてるようになったとでも言いたいんだろうか?? そんな事あるわけないよ。だって僕は、これまで、1回のジャンプ中にキックとパンチを打つのは、87発が限界だったじゃないか」

小学校6年生にしては、腕に自信のあった僕でしたが、まさかそこまで修行が進んでいるとも思わず、しかしながら信頼しているスイス人の道場長の言うことを、嘘とも思う事が出来ませんでした。

その日は、眠れない夜を過ごしました。
その日は、なぜか母は帰って来ませんでした。

翌日、学校帰りに道場に早くつきました。ドキドキする胸を抑えられずに、試しにジャンプ。キックとパンチを打ってみました。

「やっぱり、だめだ・・」

97発は打てたのですが、到底120発は打てなかったのです。

「やはり僕はまだまだそのレベルには達していない、道場長は僕にはっぱをかける為に、やや盛って励ましただけなんだ・・」

意気消沈気味で、トンファーを磨いていた時でした、陰から見ていたスイス人の道場長が拡声器で叫びました。

「その背負っている亀の甲羅を外してみるがちょおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉいやっは~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!」

正直はっとしました。

3年前に道場に入った時に、重たい亀の甲羅を背負わされていた事をすっかり忘れていたからです。修行の一貫として背負わされていた、この重たい甲羅は、まるで、僕の人生の重みでした。酔って暴れて出て行った父、そして女手一つで僕を育ててくれている母の苦しみ、そしていじめっ子にやられ続ける虚弱な僕自身。自分の人生の重みなんだとの思いで、入門時から背負い続けてきたもので、この甲羅を外すなんて事は、半ば考えも及ばない事になっていたのです。

スイス人の道場長に云われるがままに、亀の甲羅を外してみました。

すると、どうでしょう、体が軽々として、まったく重力を感じません。今までジャンプは1メートルが限界だったのに、ぴょんと軽く跳ねただけで、道場の天井6メートルのあたりまで飛べるのでした。

これまで、1メートルのジャンプで打てたキックとパンチが97発でしたので、その6倍の582発は、ジャンプする前から「いける!」との自信に満ちあふれ、思わずほくそ笑んでしまいました。

スイス人の道場長の温かくも厳しい眼差しに見守られながら、試しにジャンプ、からのキックとパンチを打ってみました。

それはもう、キックとパンチを頑張って打つという感覚ではなく、呼吸するかのように、なんの苦もなく、キックとパンチが出るのです。

ジャンプの中にキックとパンチがあるというのではなく、キックとパンチがディフォルトで出続ける状態の中でジャンプがあるとでも言うのでしょうか?

キックとパンチをしたいとか、したくないとか、そういう感覚ではなく、呼吸するかのように、水の中を魚が泳ぐかのように、へそで茶を沸かすように、ロックスターがロックを歌うように、キックとパンチが出続けるのです。

結局、回数は582発を大きく上回り640発は打っていたと思われます。

その後しばらくは、生活の中にキックとパンチがあるのではなく、
キックとパンチの中に生活があるというような感じでした。

その年の、天下一武道会のジュニア部門で堂々の3位になれた事は、自身の小学生時代の輝かしい思い出です。今でも当時の写真を見返しながら、一献傾けております。

中学に入ると、不良仲間との遊びに夢中になり、すっかり、カンフーには興味を示さなくなりましたが、昔取った杵柄、41歳の現在でも120発位は何とか打てるんじゃないかと思います。

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